旅行記を読もう! 旅行記を読もう! PR

旅行記読んでエア旅行!

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旅行に行きたい♪しかし時間がない、お金もない、何もないorz ……なんて思ってるそこの貴方!旅行記はいかがですか?空いた時間を使ってあらゆる旅行記を読めば、自宅に居ながら、まるで旅行に行ってきたかのような気分が味わえますよ。このサイトでは管理人おすすめの旅行記を紹介しますので是非読んでみてください。

旅行記とは

旅行記=紀行(きこう)は、旅行の行程をたどるように、体験した内容を記した文。旅行記道中記とも。

日本の紀行文

古代

  • 『土佐日記』(紀貫之)
  • 『入唐求法巡礼行記』(円仁)
  • 『更級日記』(菅原孝標女)

中世

  • 『海道記』
  • 『東関紀行』
  • 『十六夜日記』(阿仏尼)
  • 『とはずがたり』(後深草院二条)

近世

  • 『東国紀行』(谷宗牧)
  • 『廻國雑記』(道興准后)
  • 『善光寺紀行』(尭恵)
  • 『北国紀行』(尭恵)
  • 『丙辰紀行』(林羅山)
  • 『更科紀行』(松尾芭蕉)
  • 『野ざらし紀行』(松尾芭蕉)
  • 『奥の細道』(松尾芭蕉)
  • 『秋山紀行』(鈴木牧之)

近代

  • 『はて知らずの記』(正岡子規)
  • 『みちの記』(森鴎外)
  • 『五足の靴』(与謝野鉄幹、北原白秋、木下杢太郎、吉井勇、平野万里)
  • 『海南小記』(柳田国男)
  • 『みなかみ紀行』(若山牧水)
  • 『阿房列車』シリーズ(内田百間)
  • 『欧米の旅』(野上弥生子)

現代

  • 『どくろ杯』『マレー蘭印紀行』ほか(金子光晴)
  • 『なんでもみてやろう』(小田実)
  • 『どくとるマンボウ航海記』(北杜夫)
  • 『時刻表2万キロ』『最長片道切符の旅』ほか(宮脇俊三)
  • 『南蛮阿房列車』(阿川弘之)
  • 『街道をゆく』(司馬遼太郎)
  • 『印度放浪』『全東洋街道』ほか(藤原新也)
  • 『深夜特急』(沢木耕太郎)
  • 『遠い太鼓』(村上春樹)

海外の紀行文の例

  • 『仏国記』(法顕)
  • 『大唐西域記』(玄奘)
  • 『南海寄帰内法伝』(義浄)
  • 『旅行記(リフラ)』(イブン・ジュバイル)
  • 『旅行記(リフラ)』(イブン・バットゥータ)
  • 『世界の記述(東方見聞録)』(マルコ・ポーロ)
  • 『参天台五台山記』(成尋)
  • 『入蜀記』(陸游)
  • 『長春真人西遊記』(丘長春)
  • 『さまよえる湖』ほかスウェン・ヘディン
  • 『中央アジア踏査記』オーレル・スタイン
  • 『日本奥地紀行』(イザベラ・バード)
  • 『イタリア紀行』(ゲーテ)
  • 『悲しき熱帯』(クロード・レヴィ=ストロース)
  • 『モーターサイクル南米旅行日記』(チェ・ゲバラ)
  • 『パタゴニア』(ブルース・チャトウィン)

紀行の種類

紀行は内容により、緩やかではあるが、以下のように類型化ができる(紀行と旅行記は同義とされているが、ここでは区別。後述の「補足」も参照のこと)

旅行記型
紀行の本流と言えるタイプ。主に著者自身の旅程中の出来事、現地の人々との交流といった「体験」を「時系列」に記述したもの。沢木耕太郎氏の「深夜特急」、森村桂氏の「天国にいちばん近い島」などが典型例。
テーマ型
旅行記型の一種。旅行記的要素に加え、ある特定の「テーマ」を切り口に訪れた国を概観する手法をとる紀行。歴史(司馬遼太郎「街道をゆく」)、食文化(辺見庸「もの食う人びと」、渡辺満里奈「満里奈の旅ぶくれ -たわわ台湾-」)、芸術(和辻哲郎「イタリア古寺巡礼」)、建築(陣内秀信「南イタリアへ!―地中海都市と文化の旅」)、宿(池波正太郎「良い匂いのする一夜」、稲葉なおと「まだ見ぬホテルへ」)をテーマにする作品が多い。古くは内田百閒をはじめ、宮脇俊三などの鉄道系紀行も多く存在するが、鉄道を交通手段の一つとしているものは旅行記型、鉄道に関する造詣の深い記述が多いものはテーマ型に含めても良い。
ガイド型
いわゆる、実用的なガイドブックとは異なり、その国、都市に対し深い造詣を持つ著者が特定の都市、街を紹介するタイプ。その都市、国と強く関わり を持つか、或いはその都市に在住経験のある著者によるものが多い。旅程の記述が主目的では無いものの、著者自ら観察し、体験したことを記述されることが多 く、旅行記型の範疇とすることもできる。書店では「ガイドブック」のコーナーに配置されることが多い。
文学型
紀行自体、文学の一つのカテゴリとして位置づけられるが、本来的にはノンフィクションの領域である。しかし紀行の中にも文学的要素が強い書籍もある。このような紀行を「紀行文学」と表現する出版社もある。事実を表現する、その表現手法が文学的色彩が濃いという点に特徴がある。最も線引きが難しいタイプであるが、エリアス・カネッティの「マラケシュの声 - あの旅のあとの断想」などが典型例。
学術型
テーマ型の一種ではあるが、「観光的」要素が無いことでテーマ型と区別できる。主に「フィールドワーク」という学術的な「実地調査、研究」をテーマとしている。フィールドワークは様々な学問領域でとられるが、文化人類学、民俗学、言語学等をテーマとするものが多い。『悲しき熱帯』(クロード・レヴィ=ストロース)などが典型。
補足

いずれの紀行も特定の型におさめることは困難である。沢木耕太郎氏の「深夜特急」もエリアス・カネッティの「マラケシュの声 - あの旅のあとの断想」を意識をしたという発言もある(「coyote No.8/特集『深夜特急』ノート沢木耕太郎 旅がはじまる時」にて記載)。また紀行の多くは、上記の型を複合している。旅行記型+テーマ型テーマ型+ガイド型というパターンが比較的多い。

紀行作家

阿川弘之

阿川 弘之(あがわ ひろゆき、1920年(大正9年)12月24日 - )は、日本の小説家、評論家。広島県名誉県民。日本芸術院会員。日本李登輝友の会名誉会長。文化勲章受章。代表作に、『春の城』『雲の墓標』のほか、大日本帝国海軍提督を描いた3部作『山本五十六』『米内光政』『井上成美』など。

法学者の阿川尚之は長男、タレント・エッセイストの阿川佐和子は長女。

阿川は『私の履歴書』では、[私の「履歴」を一と言で記せば、「地方の平凡な中流家庭に生まれ、小学校から大学まで、ごく平坦平凡な学生生活を送り、戦争中は海軍に従軍して多少の辛酸を嘗めたが、戦後間もなく志賀直哉の推輓により文壇に登場、以来作家としてこんにちに至る」、これだけである〕と回顧している。

北杜夫

北 杜夫(きた もりお、本名:斎藤 宗吉(さいとう そうきち)、1927年5月1日 - 2011年10月24日)は、日本の小説家、エッセイスト、精神科医、医学博士。

東京市赤坂区青山南町(現在の東京都港区南青山)に、母・斎藤輝子、父・茂吉の次男として生まれた。生家は母・輝子の実父・斎藤紀一が創設した精神病院「青山脳病院」であった。

少年時代は昆虫採集に深く熱中する日々を送り、文学には興味を抱かなかった。

青南小学校では4年まで金免状の優等生だったが、病欠で5年から劣等生となり、府立一中の受験を断念した。麻布中学時代の成績は259人中6番であった。麻布では不良グループの1人につきまとわれ、手の指の間に指を挟まれて締めつけられるなどのいじめを受けた。部活動では博物班に入り、当時部長であったフクロウこと橋本碩の指導を受け昆虫採集にのめり込んでいった。特にコガネムシ類を集中的に蒐集し、種類数で日本産の約8割・標本箱100箱分あったとされる。

戦中から戦後の混乱の最中、ファーブルのような昆虫学者になるべく旧制松本高校(現信州大学理学部)に入学し、学友たちと刺激しあう日々を送る中で初めてトーマス・マンの作品に出逢う。先輩に辻邦生がおり、終生の付き合いとなる。中でもトニオ・クレーゲルや魔の山から強く深い影響を与えられた事がきっかけとなり作家を志すようになる。当時の松高にはマンの翻訳で名高い望月市恵がドイツ語教授として在任しており、マンの研究者としてはもとより、その人柄や教育者として望月のあらゆる面に強く尊敬の念を抱き、卒業後も交流は続いた。この件は著書である青年時代を綴ったエッセイ『どくとるマンボウ青春記』に詳しい。文学以外には卓球部のキャプテンを務め、インターハイに出場した。また、松本高校を志望する理由のひとつであった日本アルプス登山に頻繁に挑むなどして高校時代を過ごす。ただし、川原の石をリュックサックに詰めて毎日10キロを歩かせるといった訓練に恐れをなし、山岳部には参加しなかった。

父・茂吉の短歌の素晴らしさに触れた北は、それまでは恐ろしいカミナリ親父、頑固親父としか思っていなかった父親を優れた文学者として尊敬するようになった。しかし、進路を決める際、志望外であった医学部へ進学する事を一方的に厳命され、ささやかな抵抗や交渉を試みるも父の威力を覆すことは敵わず、東北大学医学部へ進学した。当時は精神科医では食べて行けないと思われていたため、父からは外科医になることを望まれていたが、霰粒腫の手術を見て気を失いかけ、外科に進むのを断念した。『トニオ・クレーゲル』の影響で大学時代に小説を書き始め、さまざまな雑誌の懸賞に応募したが片端から落選し、一度だけエログロ雑誌に代作者として採用され1枚30円の稿料を貰ったのが職業作家としての第一歩だった。

鈴木正行

鈴木 正行(すずき まさゆき、1949年 - )は、日本の紀行作家。

1949年、東京都生まれ。東京都立第三商業高等学校を経て、1年間のサラリーマン生活ののち、様々な肉体労働に従事し学費を稼ぐ。猛烈な受験勉強を同時に行い大学受験を突破し、1988年3月、明治大学法学部法律学科卒業。1991年3月、早稲田大学第二文学部東洋文化専修卒業。のち、明治大学文学部史学地理学科も卒業する。1999年3月、上智大学大学院文学研究科新聞学専攻博士前期課程修了。2008年3月、立教大学大学院21世紀社会デザイン研究科比較組織ネットワーク学専攻修士課程修了。東アジア、東南アジア、中東、ヨーロッパ、オセアニア、アフリカ、北米、中南米など世界中を貧乏一人旅し、多くの紀行文を発表している。

種村直樹

種村 直樹(たねむら なおき、1936年3月7日 - )は、日本の作家、随筆家、評論家。

元々は毎日新聞の記者だったが、1973年に鉄道に関連する記事執筆を専業とするフリーのライターとなり、レイルウェイ・ライターと称している。鉄道に関するルポルタージュ、時事評論、紀行文、推理小説などを数多く発表している。

滋賀県大津市出身。滋賀県立大津東高等学校(現・滋賀県立膳所高等学校)、京都大学法学部卒業。現在は、東京都足立区竹ノ塚に在住。

代表作は、「鉄道旅行術」「気まぐれ列車で出発進行」「日本国有鉄道最後の事件」「『青春18きっぷ』の旅」など。

毎日新聞社の国鉄担当記者であった1972年に、その豊富な鉄道知識と新聞記者としての取材、執筆能力から、当時の『鉄道ジャーナル』の竹島紀元編集長に抜擢され、「列車追跡」など同誌のメインとなる特集記事を執筆するようになったほか、連載コラム欄も持つようになる。フリーとして独立後は、「社会派」を標榜する鉄道ジャーナルに、東北新幹線や青函トンネルの開業、日本国有鉄道の終焉とJRの発足や、瀬戸大橋・青函トンネルの建設といった、時代の節目となった出来事のルポを多数執筆。その時代の鉄道の記録を残している。

また、乗車券などの規則に詳しく、また、鉄道の旅を単なる手段ではなく、鉄道旅行自体を様々な手法で楽しむことができるということを広めたことでも知られるなど、鉄道ファンや、鉄道旅行愛好者向けの著作も多く、その守備範囲は鉄道に関する広い分野に及ぶ。